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「がんばろう石巻」 黒沢配管工業 黒澤健一さんの体験

スクリーンショット(2012-03-15 18.38.07)

「このボードは、私だけでなく 手伝ってくれた友人たちの 津波に対する ファイティングポーズ」

黒澤さんは、石巻市で配管業を営み、店舗ではシステムキッチンなども販売。
不景気ながらも仕事は順調に進んでいた。
3月11日の午後…彼は津波に呑みこまれ流された。
一本の松の木が見えた。彼はそれにしがみついた。
激しい流れに必死に抵抗していると、助けを叫びながら男性が流れてきた。
その男性を助ける体力的余裕はないはずが、無意識に男性の襟首あたりを掴んでいた。
その男性と共に木にしがみつき、励ましあいながら雪の振る寒い夜を過ごした。
やがて、白々と夜が明けるころ、ようやく水位が下がり始める。
町は消え、瓦礫の荒野と化していた。彼は津波の際に逸れてしまった妻を捜した。
妻の名前を何度も叫び続けた。その声を、マスコミのヘリが掻き消した。
悔しくてヘリに向かって怒鳴った。「何してる!声が届かないべ!あっちへ行け!」
涙が溢れた。そして大声で泣いた。
途方に暮れ歩き続けていると、奇跡的に助かった妻と対面した。
全身の力が抜けた。
避難所での生活を余儀なくされた。
誠実に仕事に励み、その成果で立てた住居兼店舗も消えた。
全てを無くした虚脱感が襲う。
そんな時、被災した友人たちが、悲しみを堪え懸命に皆のために働く姿を見る。
心が熱くなった「まだまだ負けねぇ」
被災から10日後、自宅跡を歩いていると瓦礫の隙間に見慣れた道具箱が見えた。
「あっ!」思わず声を出した。蓋を開けると、ドリルなどの道具があった。
希望という宝物を見つけたように思った。彼は奮起した。そして看板を作ることを思いつく。
二人の友人と共に、彼は自宅跡の基礎に、ドリルで穴を開け、看板の板を固定した。
通りがかりの人が、少し呆れたように見て去った。
三人は黙々と作業し、5日後、遂に看板が完成した。
三人でしみじみと看板を見ていると、同じように後ろで被災者が見ていた。
声を絞り出すように被災者は言った。
「生なきゃ…ね」
看板を作った甲斐があった。
その後、黒澤さんは仕事を再開しようと6時間も銀行に並び通帳を再発行。
今までの仕事ぶりを見ていた仕入先が「材料費は出来たときでいい」と材料を搬入してくれた。
銀行も「看板に励まされた」と融資をしてくれることになった。
被災地では、水廻り修理の要望が多く、ボイラーの点検なども加わり多忙を極めた。
だが、被災者は金銭的に困窮している。工事費は「復興後」に貰うしかない。
仕事をするたびに赤字が増える。気持ちが落ち込みそうになる。
だが、自分が作った看板を見て再び奮起した。
「がんばろう!石巻」
「そうだ。俺は頑張るんだ。復興するまで俺は絶対に諦めない。皆のため、そして自分のため」と
彼は、早朝から市内を駆け回る。(へんくつ日記より引用)

黒澤健一さん経営「黒沢配管工業 がんばろう!石巻」ブログは、→こちら

平和商会有限会社

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