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希望の当体「がんばろう!石巻」


『人のために火をともせば・我が前あきらかなり』

「人のために」と行動を起こすことによって、

自らの苦悩は前進へのエネルギーに変わるのです。


この1年で多くの人が訪れ、復興を目指すまちのシンボルになった。<がんばろう!石巻>。東日本大震災で壊滅状態になった石巻市門脇(かどのわき)地区の巨大看板。友人の手を借りて昨年4月、水道配管工事業の店舗兼自宅跡に立てた黒澤健一さん(41)は今、看板を見上げて言葉に力を込める。「少しぐらい街がいびつなままでも、人の心が前向きになってくれたら、それが『復興』なんだと思う」(毎日jpより引用)
あの日。外出中だった黒澤さんは車のラジオから大津波警報が流れると、妻や従業員を助けようとすぐ自宅へと急いだ。だが、目の前に津波で押し流された無数の車が迫ってくる。「死ぬかと思ったが、現実感はまるでなかった」車を乗り捨て、足元まで押し寄せた水の中で間一髪、近くの松の木によじ登った。「助けてえ」。かすかにうめき声が聞こえてきたが、水が引かず下りられない。雪が舞い散る寒さに震えながら一晩、木の上で過ごした。夜明けに歩いて自宅に戻ろうとしたが、街に広がる火災で近づけない。妻の名を呼ぶ叫びは、上空を飛び交うヘリコプターの音に遮られた。「ちくしょう! あっちに行け!」。涙がこぼれた。半ば諦めかけながら近くの避難所を巡り、石巻高に避難していた妻と再会できたのは12日夜。「いがったあ」。力が抜け、へたりこんだ。門脇地区に戻れたのは1週間後。住宅や商店が建ち並んでいた一帯は津波や火災で荒れ果て見る影もない。シートや毛布にくるまれた遺体を何体も見た。自宅跡に看板を立てよう、と思いついた。「震災に負けたくないという印。自分だけでなく周りの被災者を奮い立たせたかった」。1カ月後の昨年4月11日に完成した看板は横約11メートル、縦約2メートル。友人と力を合わせ、重機でがれきをどかし廃材をかき集め、ペンキと絵の具で大きく<がんばろう!石巻>と書き込んだ。「何の役に立つのか」という批判も覚悟していたが、違った。看板を見て涙を流す人。手を合わせ拝む人。「一緒に頑張ろう」と声をかけてくれる人。フランスのフィヨン首相や歌手の長渕剛さんら著名人も訪れた。一時は会社をたたむことも考えた黒澤さんだが「もう一度ショールームを建てたい」と仮設店舗で準備を進めている。「自分ができることをしていきたい。みんな自分なりのスピードで歩めばいいんだから」。10日夜は看板前でろうそくをともし、11日は桜とツツジの苗木を植えて犠牲者を悼む。



平和商会有限会社

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